コラム#129マーケティング

肝心なモノを忘れてしまう人|努力ヒューリスティックと、AIを表に出していい場面

肝心なモノを忘れてしまう人|努力ヒューリスティックと、AIを表に出していい場面

どーも!とーるです!

最近、なんでもかんでも「AI、AI」になっていませんか。

投稿もAI。画像もAI。
お客さんへのアドバイスも、AI。

便利なのは間違いないです。
僕もかなり使っています。

ただ、AIには表に出していい場面と、出しちゃいけない場面があります。

その境目は、あなたのビジネスの「根幹」です。

そしてこれ、実はAIだけの話じゃないんですよね。
「楽をしていい場所」と「楽をしちゃいけない場所」の話です。

厨房の電子レンジ

ちょっと想像してみてください。

「スープは毎朝6時間炊いています。味で勝負!」
そう掲げているラーメン屋さんに入ったとします。

カウンターから厨房が見えるお店です。

ふと見ると、店主がカウンターの陰で、電子レンジから丼を取り出していた。

…どう思いますか。

たぶん、味がどうこうの前に、「え、騙された?」が来ると思います。

ここで大事なのは、電子レンジが悪いわけじゃない、ということです。

同じ電子レンジでも、
「安い、早い、お腹がすいたら気軽にどうぞ」がウリのお店なら、そこまでがっかりしないはずです。

がっかりするのは、ウリにしているところで、楽をされたときなんですよね。

努力ヒューリスティック——人は「手間」を、価値として見ている

行動経済学・心理学に、努力ヒューリスティックという考え方があります。

人は、手間がかかっていそうなものほど、価値が高いと感じる、というものです。

2004年に発表された研究では、同じ詩や絵を見せて、「短い時間で作った」と伝えるか、「長い時間をかけた」と伝えるかを変えただけで、時間をかけたと聞いたほうが、出来ばえまで高く評価されました。

作品は同じです。
変わったのは、「どれだけ手間がかかったと思うか」だけ。

つまり人は、モノそのものだけじゃなく、その向こうにある手間ごと、価値を感じているんです。

だから、ウリの部分の手間が実は省かれていたと分かった瞬間、価値が一気に下がって見える。

電子レンジのラーメンでがっかりするのは、これです。

AIでも同じことが起きていて、同じ絵でも「AIが作った」と言われると評価が下がる、という研究もあります。
絵は1ミリも変わっていないのに、です。

猫動画と、AIドラマ

SNSを見ていると、AIで作ったショート動画がよく流れてきますよね。

コメント欄をのぞくと、「はいはいAI」「AIじゃねーか」という声もけっこうあります。

たとえば猫動画。

猫好きの人は、ついつい見てしまいます。
僕も見てしまいます。完全に負けています。

でも、猫動画の根幹は「本物の猫の、かわいい姿」です。
それがAIで作られたものだと分かると、だまされた感じがする。

一方で、AIで作ったドラマも、最近は増えています。

こちらは、そこまで「騙された!」とはなりにくいんですよね。

ドラマはそもそも、作り話だという前提で見ているからです。
台本や脚本がAIかもしれない、という疑いはあっても、それは表には出てこない、裏の部分。

「この台本、AIなのかな?人が書いてるのかな?」と思いながらも、人は続きを見てしまいます。

同じAIでも、根幹に使ったか、裏方に使ったかで、受け取られ方がまるで違う。

「AIかな?」は、自分で答えを出さない

もうひとつ、おもしろいところがあります。

「AIかな?」と思われているうちは、まだ大丈夫なんです。
疑いのまま、見てもらえます。

ところが、それを自分から「AIで作りました」と出してしまうと、どうなるか。

疑いが、答えに変わります。

答えになった瞬間、さっきの努力ヒューリスティックが働いて、がっかりされる。

ここで言いたいのは、「AIを使っていることを隠せ」という話ではありません。

根幹にAIを使ったまま、それを表に出すのが、いちばんまずい、という話です。

コンサルがAIの答えを、そのまま渡していたら

たとえば、コンサルタントがAIにアドバイスをもらって、それをそのまま顧客に伝えていたとします。

これ、どう思いますか。

コンサルの根幹は、その人自身の考えと経験です。
お客さんは、そこにお金を払っています。

その根幹を、AIで省いてしまっている。

さらに最悪なのは、それを表に出してしまうことです。
「AIに聞いたらこう出ました」と。

そうなるとお客さんは、
「じゃあ、自分でAIに聞けばよかったのでは」と思いますよね。

ラーメン屋さんでいえば、厨房の真ん中に電子レンジを置いて、「味で勝負!」と言っているようなものです。

僕の講座でも、手間の置き場所を分けています

手間の話でいうと、僕の講座もそうです。

メインの講座は、僕が顔を出して、カメラに向かって話す形で撮っています。
いわゆるトーキングヘッド型です。

メインの講座は、顔を出して話すトーキングヘッド型で撮っています
メインの講座は、顔を出して話すトーキングヘッド型で撮っています

メインの講座なので、価格もそれなりにいただいています。だから、ここには手間をかけています。

一方で、定期的にやっているオンライン勉強会は、スライド型です。
回数が多いので、スライドはAIに台本や構成を渡して、作ってもらっています。

ただ、それで終わりにはしていません。
スライドにも、少しだけ自分の手を入れています。

ここで大事なのは、手間は、自分がかけたつもりでもダメだということです。
相手に伝わっていないと、手間はないのと同じなんですよね。

努力ヒューリスティックが働くのは、「実際にかかった手間」ではなく、「相手が感じた手間」のほうです。

1か月の本と、2〜3日の本

電子書籍も、いまはAIを使えば2〜3日で作れてしまいます。

では、

「1か月考えて、やっと出来上がりました!」という本と、
「AIで2〜3日で作りました!」という本。

どちらに価値を感じますか。

中身がまったく同じだったとしても、たぶん前者ですよね。
さっきの詩や絵の研究と、同じことが起きています。

僕の線引き

なので、僕はこう分けています。

本編と中身は、自分。制作は、AI。

僕の場合、根幹は言語化と思考、そして知識です。

リールやスライド、コンテンツづくりは、AIの手を借りています。でも、その根幹には絶対に触らせません。

AIをどこまで使っているかは、#127でも書きました。

この分け方をしているから、僕は「AIを使っています」と言えるんですよね。

中身を渡していないので、AIを使っていると知られても、がっかりされる場所がない。

逆に言えば、AIを使っていると言いにくいなら、それは根幹に使ってしまっているサインなのかもしれません。

あなたのビジネスの「ウリ」は、どこですか。

そこさえ自分の手に残っていれば、それ以外は、かなり手放していいと思います。

とーる|猫好きの行動経済アナリスト

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