コラム#42マーケティング

2026年、僕たちが「人間」を取り戻すための生存戦略

どーも!

とーるです!

僕のインスタ投稿みていただきました?

まだという方はこちらから覗いてみてください。

https://www.instagram.com/p/DStyxvSkRy4/?igsh=azFxdzg0dDlsbWM1 この投稿でも触れたんですけど、最近のSNSを見てると 「みんな、どこまで自分を追い込むんだろう?」って、ちょっと怖くなるときがあるんですよね。

今回は、そのあたりの「SNSの歪み」について、僕なりに深掘りしてみようと思います。

700年前の「パンク精神」に学ぶ 「欠けたる所のなきは、おもしろからぬなり」 これ、約700年前に兼好法師が書いた『徒然草』の一節なんですけど、控えめに言って今のSNSに対する最高のパンク精神だと思います。

「完璧なやつなんて、クソつまんねーよ」ってバッサリ言ってるわけですから。

今のインスタやXを見てると、みんな必死に「ツルツルに磨き上げられた球体」になろうとしてる。

失敗知らずの成功談、1ミリの狂いもない自撮り、そして「私は正解を知っています」という全能感たっぷりの発信。

でも、誰も言わないんでここでいいますが、 それ、見てる方はもう「お腹いっぱい」を通り越して、胸焼けしてる んですよ。

「1+1=1」を信じ込ませる「権威性」というドーピング SNSという街を攻略しようとすると、必ず「 『何を言うか』より『誰が言うか』が重要だ 」と言われます。

僕も行動経済アナリストなんて肩書きを背負ってるから分かりますけど、これ、ある種のドーピングなんですよね。

「この人、1,000万稼いでるんだ」 「日本初なんだ」 というフィルターを被せた瞬間に、人は思考を停止します。

権威という鎧が重厚であればあるほど、中身が「1+1=1」なんていうデタラメでも、なぜか「深い……!」と絶賛される。

おもろい。

発信者は、その「万能感」が欲しくて、今日も背伸びをして鎧をガチャンガチャンと着込むわけです。

でもね、遠くから見てるとちょっと面白いんですよ。

「 その鎧、自分のサイズに合ってなくて、足元フラフラじゃないですか? 」って。

ユーザーはバカじゃないんです。

「あ、この人、鎧の中で今にも窒息しそうだな」って、本能的に気づいてますよ。

むしろそこで「わー〇〇さん!すごいかっちょいい!」となる方って失礼ですが、“ビジネスセンスゼロ”の住民って言われています。

要は『 染みついた消費者目線 』ってことですからね。

日本のSNSは「ビジネスごっこ」の工場になった ここらで少し、海外のマーケティングと今の日本を比べてみましょうか。

今、海外のトップクリエイター(Dan Koeとかが代表的ですね)は「Digital Renaissance(デジタルのルネサンス)」へ向かっています。

※実は僕のLo-Fi型の参考にしている方です。

つまり、ビジネスを「人間中心」に戻そうとしている。

彼らが売っているのは「稼ぐ方法」ではなく、「自分はどう世界を見ているか」という哲学や視点そのものなんです。

一方で、今の日本はどうでしょう。

正直、右を見ても左を見ても「BtoB(ビジネス・トゥ・ビジネス)向けのテンプレ」ばかり。

「保存率を上げる7枚の図解」 「思わずタップするフック30選」 「売れる導線設計……」。

※僕も言ってますが僕はBtoBなんで。

これ、もうビジネスをやってるんじゃなくて、ビジネスの「型」を再生産する工場になってるんですよね。

発信者が「発信者の増やし方」を教えて、それを買った人がまた「発信者の増やし方」を教える。

この狭い世界の中だけで完結する「ビジネスごっこ」に、普通の感性を持ったユーザーがいつまでも付き合ってくれるわけがないんです。

ここで注意が必要なのは、もしあなたが「ダイエット講座」や「料理教室」のような、一般ユーザー(ToC)をターゲットにした運営をしている場合。

流れてくるノウハウを鵜呑みにするのは、正直言って「自〇行為」に近いです。

なぜか。

SNSで溢れているtoB(ビジネス層向け)のノウハウは、最初から「稼ぎたい」という欲望が剥き出しの 「市場規範」専用の武器 だからです。

一方で、一般ユーザーが求めているのは、まず「この人なら信頼できる」という人間味や安心感、つまり「 社会規範 」です。

そこから丁寧に信頼を築き、納得感を持って「市場規範(購入)」へと移行してもらう戦略が必要なのに、多くの人は最初から「売るための型」という市場規範の鎧を着て現れます。

確かに、そのtoB用の強引なノウハウをそのまま実践すれば、数ヶ月は売上が立ちます。

というか、大体すぐ立ちます。

心理学的なハックを使えば、一時的に財布を開かせることは難しくないからです。

ですが、そのノウハウに手を染めた瞬間に、あなたのビジネスや商品のライフサイクル(寿命)は著しく低下します。

断言してもいい。

そういう人しか見たことがないからです。

よく見てください。

売上が立っているように見えても、フォロワーという母数から計算すれば、顧客数は10%、あるいはそれ以下なんてザラです。

残りの90%以上の人たちは、あなたの発信から漂う「業者臭」にドン引きして、静かに離れていっている。

そのため、耐性の強い一般ユーザーを常に新規フォローから集めなくてはならない。

これ、実は凄まじい損失なんですよ。

結局、みんなが同じテンプレを使って、同じような「完成品」を並べるから、そうなるんです。

それ、もうユーザーから見れば「広告」と区別がないんですよ。

広告って、みんな無意識にスワイプして飛ばしますよね?

あなたが「これが正解だ」と信じて作り込んだ渾身の「完璧な投稿」も、今、そのゴミ箱に直行しているかもしれません。

ユーザーの「飽き」は、もはや「嫌悪感」に近い 「目立つ投稿」の寿命がどんどん短くなっていることに気づいていますか?

以前は、強い言葉(フック)を使えば手が止まりました。

でも今は、強すぎる言葉は「あ、これ怪しいやつだ」という拒絶反応を生みます。

完璧に整えられたデザインは、「あ、これ何かを売りつけられるやつだ」という警戒心を生みます。

ユーザーは、完璧な「正解」を求めてSNSを見ているわけじゃありません。

彼らが本当に欲しいのは、自分と同じように悩み、迷い、それでも前を向こうとしている「人間の体温」です。

完璧を演じれば演じるほど、あなたの「人間味」は消えていく。

人間が見えない発信に、誰が耳を貸すのか。

今のSNSで「完璧」を目指すことは、自ら「その他大勢の広告」に志願するようなもんです。

これほど皮肉なことはありません。

デジタル時代の「わびさび」 じゃあ、これからの僕たちは何をしていけばいいのか。

僕は、デジタル時代にこそ「わびさび」が必要だと思っています。

欠けていること。

古びていること。

不完全であること。

そこにこそ、人が入り込める「余白」がある。

これからの発信に必要なのは「情報のシェア」ではなく「視点のシェア」です。

「このバイアスを知れば、少し生きやすくなるよね」 「僕は昨日こんな失敗をしたけど、そこからこんな問いが生まれたよ」 実績や肩書きを「人を殴るための武器」にするんじゃなく、あくまで自分を構成する「データ」として淡々と置いておく。

その上で、等身大の自分がどう世界を解釈しているかを、友人への手紙のように綴る。

海外ではこれを「Synthesizer(シンセサイザー)」と呼んだりします。

世の中の複雑な情報を自分なりに咀嚼して、独自の音(視点)として奏でる人。

そこには「正解」なんてない。

あるのは「あなたという人間の響き」だけ。

「何を言うか」の競争は、もうAIに任せればいいんです笑。

僕たちは「どう在るか 」でしか、もう差別化できない時代に来ています。

笑われるくらいが、ちょうどいい どこを目指して、そんなに背伸びをしているんですか?

完璧になろうとして、自分の呼吸を止めていませんか。

ユーザーを自分の「型」に嵌めようとして、その方たちの知性を甘く見ていませんか。

兼好法師なら、今のタイムラインを見てこう笑うと思います。

「そんなにピカピカにして、何が面白いの?」って。

あなたの「欠け」は、隠すべき恥部ではなく、誰かがあなたを見つけるための「目印」です。

不恰好な自分を、「おもしろい」と笑える強さを持ってください。

P.S あなたに時間があれば、寝る前にでも「E-E-A-T」というGoogleが提唱した理論を検索してみてください。

きっとヒントになりますよ。

とーる|行動経済アナリスト